ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

黒澤明

● 三船敏郎、ここに誕生す 映画:『銀嶺の果て』(谷口千吉監督)

1947年東宝
88分

 三船敏郎のデビュー作であり、私淑する先輩志村喬との初共演作である。
 となると監督は黒澤明か――と思うが、これが違ったのである。黒澤は脚本で参加していて、この作品によって三船の尋常でない魅力と才能を発見したのである。

 谷口千吉監督(2007年死去)は八千草薫の夫だった人。晩年夫婦で仲良く山登りを楽しんでいる様子をなにかの記事で読んだ記憶があるが、谷口は日本山岳会会員だったとか。雪山を舞台としたこの作品は、彼の趣味・特技・知識・経験が生かされた自信作であったろう。実際、山岳シーンのリアルな描写が話を大いに盛り上げている。

銀行強盗を働いた3人組(=志村、三船、小杉義男)は雪山へと逃げ込む。警察の追跡を逃れて、旅館から山小屋へ、そして山越えを果たそうと行動する。その巻き添えとなる山小屋の番人と孫娘、登山家の本田。決死の雪山登山の中で人々の運命が大きく変わっていく・・・・・。

 音楽を担当した伊福部昭はこれが映画音楽デビューだった。山小屋の番人を演じる高堂国典の爺ぶりは他の誰にも替えがたい風味がある。その孫娘を演じる若山セツ子は次の出演作『青い山脈』(1949年)で大ブレークをした。今から考えると、いろいろな才能が萌芽のうちに結集した奇跡のような一本である。

 ここでもやはり三船の存在感が凄まじい。主役たるべく生まれてきた人であることが一作目にして証明されている。ニューフェイス(新人)とは到底思えない不敵な面構え、堂の入った迫力ある演技、驚くほどの二枚目ぶりは、デビュー時の三國連太郎においてどうにか比肩できるくらいである。
 カメラの横で黒澤明はどれほど興奮したことだろう。


新文芸坐2



 
  
 

●  奇跡の年 映画:『花咲く港』(木下恵介監督)

1943年松竹。

 木下監督のデビュー作。30歳の時の作品である。
 同じ年に世界のクロサワが『姿三四郎』でデビューしている。
 まさに奇跡の年だったのだ。
 
 どうってことのないコメディ映画なのであるが、新人のデビュー作とはやはり思えない。東山千栄子、小沢栄太郎、上原謙、水戸光子、笠智衆、東野英治郎、坂本武といった並み居るベテラン役者、人気役者を見事に使いこなしている。カメラワークも達者。テンポも絶妙。
 この翌年に世界映画史上まれに見る傑作反戦映画『陸軍』を撮っていることを思えば、木下は映画監督としては早熟の天才タイプだったのだろう。
 黒澤明に比べると、扱うテーマが日常を舞台とした恋愛や友情や家族ドラマなど地味なものが多かったためもあってか、現在に至るまで世界的には知名度も評価も低い。
 しかし、こと女性を描く力量に関して言えば、黒澤明は木下恵介の足元にも及ばない。木下作品に登場する女性たちのリアル感から見ると、黒澤作品の女性たちはまるで書割りである。『陸軍』の田中絹代、『華香』の岡田茉莉子と乙羽信子、『女の園』の高峰三枝子、『永遠の人』の高峰秀子を観れば、現代にも通用する木下のフェミニズムに賛嘆の念を禁じえない。

 黒澤明の作品が今以上に深く理解されることも高く評価されることもないであろう。
 が、木下恵介の作品は、これからますます理解される度を深めてゆくであろうし、それにつれて評価も高まってゆくであろうことは想像に難くない。
 むろん、自分は木下派である。


評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 


 
 

● 映画:『宗方姉妹』(小津安二郎監督)

 1950年新東宝。

 日本映画の至宝女優たる田中絹代と、元祖銀幕アイドルたる高峰秀子の共演、撮るは名匠小津安二郎、と来ては期待せずにはいられまい。
 が、どことなくちぐはぐな印象が残る作品である。

 面白くないわけじゃない。むろん、演技や演出が下手なわけでもない。

 古い価値観、倫理観を大切にしながら妻として凜と生きる姉・節子を演じる田中絹代も、新しい時代の風を柔軟に受け入れながら自分に正直に自由に生きようとする妹・満里子を演じる高峰秀子も、ともにすこぶる魅力的で、それぞれの役に生き生きとした個性とリアリティを与えることに成功している。
 加えて、節子の夫・三村を演じる山村聡のうらぶれた、すさんだ、しかし最後まで矜持を捨てない男の造型も見事である。「よくできた、理想的な」妻を持つがゆえにかえって、無職の不甲斐ない家長でいることが桎梏となって心の休まる場所を持たない男の心理を、山村はあますところなく演じ切っている。節子がかつての恋人である田代(上原謙)と実際に不倫していたのであれば、むしろそのほうが楽だったかもしれない。節子を責める口実ができるし、不道徳な妻に対してもはや引け目を感じる必要はないからである。 
 三人の役者の演技合戦は見物である。

 ちぐはぐなのは、暗くドロドロした人間関係の生み出すダイナミズム(活力)と、すでに完成されている小津安二郎のスタティックでユーモラスな演出スタイルとが噛み合わない為と思われる。

 映画冒頭の大学教授(齋藤達雄)のとぼけた感じの講義シーンから始まって、笠智衆のあいもかわらぬ飄々とした趣き、新薬師寺境内の美しいショット、豪華な応接セットの中での田代と満里子のユーモラスなやりとり、真下頼子(高杉早苗)が箱根の旅館の窓から見上げる白い雲・・・・。『晩春』や『東京物語』ですっかり馴染みとなったこれら一連の小津印のついた流れの中で、三村が登場するシーンは息苦しいまでの重さと生真面目さとで流れを堰き止め、澱みをつくっている。三村が飼い猫を抱き上げる本来なら幾分の愛らしさを感じさせるはずのシーンですら、なんだか戦前の肺病持ちの売れない文筆家の生活を描いたリアリズム作品みたいで、貧乏臭さばかりが匂ってくる。
 それは、前者の流れの持つ品のある晴朗感と対比されることで燦然たる効果を発揮するという方向には向かわず、お互いの世界のリアリティを打ち消しあう結果となってしまっている。


 小津監督が自分のスタイルを確立した時、それは何を撮るのかが自ずから限定されてしまった時なのであろう。より正確に言えば、何を撮るべきでないかが決まってしまったのである。
 そのスタイルは、たとえば黒澤監督のスタイルとは違って、さまざまな素材を自由に料理して盛りつけることのできる器ではなかった。黒澤の器が何にでも使える大きな平皿だとしたら、小津のそれは醤油を入れるスペースまで付いた刺身専用の皿みたいなものである。素材が刺身である時は、ほかの誰も真似できない至高の高みまで到達するが、肉料理を盛り込むとどうしてもちぐはぐにならざるをえない。せいぜい馬肉の刺身までが許容範囲である。

 ドロドロした男女関係は肉料理の最たるものであろう。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


 

● 映画:『天国と地獄』(黒澤明監督)

日本映画150 1963年東宝。

 手元にある文藝春秋編『大アンケートによる日本映画ベスト150』(1989年発行)によると、『天国と地獄』は22位にランクされている。黒沢の作品では、
『七人の侍』(1位)
『生きる』(3位)
『羅生門』(4位)
『用心棒』(17位)
『酔いどれ天使』(18位)
に継いで6番目である。
 100位までになんと13本がランクインしているのだから、いかに黒澤作品が日本人に愛されているのかがわかる。ちなみに、同時代に活躍した巨匠達を見てみると、溝口健二7本、木下恵介6本、小津安二郎5本である。
 このアンケートの回答者は、文春が選定した映画好きを自認するマスコミ関連の業界人372名であるから、それなりのバイアスはかかっていよう。が、黒澤明こそが日本映画史上最大の監督であり、それを超える者はいまだに(永久に)現れていないという評価が動かし難いところなのであろう。 


 『天国と地獄』も実際文句のつけようがない。
 このレベルの作品を生涯に1本撮っただけでも、その監督の名前は永く映画史に刻まれることだろう。脚本、演出、撮影、演技、どれをとっても標準をはるかに凌駕し、第一級の娯楽作品に仕上がっている。本当に巧い。本当に面白い。
 前半の家の中の一室だけでドラマが進行する演劇的な手法は、ヒッチコックの『ロープ』(1948年)を思い出させる。おそらく、あれが黒澤の頭の中にはあっただろう。言葉の応酬と役者の演技、そしてカメラワークだけで緊迫感を生み出していく手腕には舌を巻く。三船敏郎の重厚な骨のある演技には惚れ惚れする。
 一転して、捜査陣の推理と犯人の追跡を描いていく後半では、ミステリーの醍醐味を十分に味わうことができる。警部役の仲代達矢もいいが、たたきあげの刑事らしい無骨さと逞しさと愛敬とをふりまく「ボースン刑事」こと石山健二郎が光っている。
 トーンの対照的な前半と後半とをつなぐ文字通り「橋」における身代金引き渡しのシーンこそ、日本映画いや世界映画における鉄橋シーンの白眉と言える。鉄橋周辺の空間の広がり、列車の走るスピード感をいっさい殺すことなく、何台ものカメラの使用によって角度を変えつつ切り替わっていくショットの生み出す緊張感は、登場人物(警察側)の心理状態とからんで、絶大な効果をもたらす。息を詰めて観るほかない。
 実際、その後の日本のすべての推理・刑事ドラマの原型は、映画・テレビ問わず、この一作にあると言っていいだろう。


 瑕瑾の見あたらない作品であるけれど、あえて難を言えば、エンドシーンがちょっと肩すかしな感じがした。
 誘拐犯である竹内(山崎努)と、脅迫され身代金を払った権藤(三船)との刑務所での対面シーンにおいて、物語はクライマックスに達する。見ている我々は、何らかの両者の対決あるいは犯人側の真情の吐露を期待する。なぜなら、そこに至るまでのドラマの中で、なぜ竹内が犯行を行ったのかがはっきりとは示されないからである。
 もちろん、「貧困=金」が動機ではある。
 地獄(スラムまがいの地区にある竹内のアパート)から天国(丘の上の瀟洒な権藤の邸宅)を来る日も来る日も眺め続けていた竹内が、権藤に対して嫉妬し、劣等意識をかき立てられ、やがて憎むようになるのはわからなくもない。金持ちに対する憎悪や貧富の差を生む社会に対する憤りが、いかにも金持ち然とした権藤に集約されることも不自然ではない。
 しかし、竹内も病院で働くインターンであるからには医者の卵、エリートである。いまは安い給料でこき使われているかもしれないが、末はドクター、前途有望である。しかも、どこかの院長の娘あたりをたらし込むことだってできそうなほどハンサムだ。
 そうした輝かしい将来を棒に振って、失敗するリスクの大きい誘拐脅迫のみならず、死刑になりかねない殺人にまで手を染める必要がなぜあるのか?
 竹内には、語られていない悲惨な過去、強烈な何らかのコンプレックスがあるに違いない。左手の深い傷はそれを暗示しているに違いない。それが最後には何らかの形で明らかにされることを期待していたのである。
 が、結局、竹内は刑執行を前にして自ら面会を希望したにもかかわらず、権藤を前に虚勢を張り続ける。内面は見せない。来たるべきものに怯え、身を震わせ、最後には絶叫して看守に連れ去られていく。また、警察署内の会議の席でも、竹内の生い立ちとか家族関係とかが語られるくだりはない。
 一体、竹内とはどういう人物だったのだろう?
 山崎努は、どういう解釈を持って竹内を演じたのだろう?

 同じ推理ドラマの傑作『砂の器』(1974年松竹、上記アンケートでは13位)と比較したとき、犯人の動機についての描写の浅さは歴然である。
 もっとも、黒澤が撮りたかったのは、純粋に推理&サスペンス娯楽作品だったのであり、山崎努(=竹内)に求められていたのは普通に「悪」役なのだ、と言われればそれまでだが・・・。
 それとも、リアルタイム(63年)でこの映画を観た世代は、あえて説明してもらう必要もないほどに、竹内の置かれている状況の悲惨さ、己のキャリアや将来を棒にふってまで金持ちを憎み犯罪行動に走らざるを得ない苦悩に対する、暗黙の共通理解のようなものを持っていたのであろうか。

 今は「天国」の側にいる権藤の前歴が靴職人であったことが何らかの暗示になっていると読むのは、いささか考え過ぎか?




評価:
 A-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった


「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

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